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スキの情熱で世界を変える!――高野麻衣 公式ホームページ

スキの情熱で世界を変える! —— 高野麻衣オフィシャルサイト

Victorian Dictionary~英国王室史②

夜のリージェント・ドック。
船乗り上がりの老人が少年に語りかけている。
「エジプトにできた運河のせいで…古い船の時代はもう終わりよ。新しい時代が来るのさ」
シエル・ファントムファイヴが生まれた1875年、英国はスエズ運河のエジプト領土を購入している。1882年には、英国軍がスエズ運河を囲む地域を占領し、エジプトはイギリスの保護領となった。物語はその6年後、1888年――。
クライマックスが近づく『黒執事』第19話である。
(少々アニメらしすぎた)オカルト事件*1 に続いて“女王の番犬”が対峙するのは、イーストエンドの阿片窟で暗躍する中国人――退廃に満ちたヴィクトリアンの暗黒面だ。
どのような展開が生まれ、氷のようなシエルの感情がどこまで揺らぐのか。
物語の純粋な楽しみもさることながら、アニメーション放映中にぜひとも「ヴィクトリアンという時代」について語りたかったので、②では中世から『ブーリン家の姉妹』エリザベス女王もすっとばして19世紀へ。
シエルが忠誠をささげるヴィクトリア女王とは?
彼らが生きた、ヴィクトリア朝後期の時代背景とは?
*2
 
ヴィクトリア朝(Victorian era)とは、ヴィクトリア女王(Alexandrina Victoria, 1819-1901)が英国を統治していた1837年から1901年を指す。
ヴィクトリアは、ジョージ3世(『英国万歳!』)の四男ケント公エドワードの一人娘。生後8ヶ月のとき父を亡くしたが、1837年、世継のない伯父ウィリアム4世の跡を継ぎ18歳で即位。「君臨すれども統治せず」によって議会制民主主義を貫き、“よき夫”アルバートの助言によって大英帝国を繁栄させた。
アルバートとの逸話は『黒執事』でもよく描写されるようだが、ヴィクトリアが、母方の従弟に当たるザクセン公子アルバートと初めて会ったのは16歳のとき。ヴィクトリアは自分からアルバートに求婚、結婚式は1840年に行われた。*3

ヴィクトリア朝の「明」の側面は、女王自身のパーソナリティと時代が作ったものだった。
イギリスは世界に先駆けて産業革命を遂げ、19世紀半ばには「世界の工場」と呼ばれていた。多くの新興ブルジョワが生まれ、人々は豊かさを物資やレジャーに求めるようになる(だからファントム社は急成長できたし、ハウンズワースは復興できたのかも)。
多産の女王、愛に満ちたその家族像は、そんな時代の国民のよきシンボルになりえたのである。たとえばSixty Years A Queenという雑誌がある。20世紀初頭に刊行されたものだが、裏表紙に印刷された発行部数は、なんと20万部。女王が王位についた頃の英国の人口が1400万(読書人口はその半分)であったことを考えると、驚異的な人気雑誌であったといえる。内容は、ロイヤル・ファミリーの出来事と世想をからませ紹介したヴィジュアル本。セバスチャンのトレードマークである懐中時計はアルバートのスタイルで、シエルが子供時代に着ているセーラー服も、女王の息子が着たことで流行したものとわかる。
国民はファミリーをまねて家族をカメラ――やはりこの時代に誕生し、シエルも手に入れていた最新機器で撮影し、小さなロケットに入れて持ち歩いた。
しかし1861年、アルバートは42歳で死去。夫の死後、女王は常に黒い喪服を着用し、公の場に出ることほとんどなくなった。1901年1月22日、81歳で死去。趣味は、乗馬と日記だった。

ヴィクトリア女王の時代は、大英帝国の絶頂期。1851年、世界初の万国博覧会がロンドンのハイドパークで開催され、国際的な注目を集めた1863年には地下鉄、1882年には白熱電灯がロンドンに導入された。しかし世紀末が近づく1888年、「切り裂きジャック」事件がおき、世界的にメディアを騒がせた。新聞はこの猟奇事件を利用して、失業者の苦境に注目を集め、スコットランド・ヤードと政治的指導者を攻撃した。殺人鬼は結局つかまらなかったが、この事件は閣僚を辞任に追い込んだのである。

ヴィクトリア朝はこのように、「暗」をも多分に含んだ矛盾の時代である。
テクノロジーの発達や生活の洗練の裏での、退廃や猟奇事件。売春、児童労働、労働者や帝国主義による植民地の搾取の上に成り立った豊かな経済。「ヴィクトリア朝的」という表現は「長短あわせ持つ」「厳しいがしばしば偽善的な道徳的基準」という意味で使われることもある。
アンダーテイカーが言うように、女王は「自分は高みの見物ばかりで、辛いことや汚いことはぜんぶ伯爵に押しつける」偽善者?
いつの時代も、多かれ少なかれ、執政者にはそのような側面――あるいは苦悩がまとわりつく。
“悪の貴族”の存在も、あながち空想ではないのかもしれない。

ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書)

ヴィクトリア女王―大英帝国の“戦う女王” (中公新書)

 

以下は、この矛盾の反動としての文化のまとめである。
ヴィクトリア朝時代は膨大な数の美術品を生み出し、一般大衆が展覧会に殺到した。美術品の立派なコレクションを持つ富裕層もいた。
ヴィクトリア朝の芸術の豊かさ、多様性、複雑さは、裕福で複雑な社会への反応である。ゴシックへ戻ろうとする急激なロマン主義とリアリズムはどちらも、この時代のダイナミックな変化への反応と考えることができるだろう。


[文学]
アーサー・コナン・ドイル
オスカー・ワイルド
ジョージ・エリオット
チャールズ・ディケンズ
トマス・ハーディー
ブロンテ姉妹
ルイス・キャロル
ロバート・ルイス・スティーブンソン
ウォルター・ペーターの随筆
アルフレッド・テニスン、クリスティーナ・ロセッティ、W.B.イェイツの詩
メアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』や吸血鬼小説の新しいジャンル

[音楽]
ギルバート、サリバンのオペレッタ
エドワード・エルガー

[美術]
ラファエル前派
建築におけるゴシック様式の復興
ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動
ジョン・ラスキン、英国における最初の美術批評家
アメリカの画家ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの美的観念の影響

 

*1 全体の雰囲気はウンベルト・エーコの名作『薔薇の名前』を意識しているそう。修道院とか、図書館とかね。
に書いた16話以降の終盤はすべてオリジナル脚本ということで、シリアスな“ヴィクトリアン萌え”展開を満喫できる?

*2 ヴィクトリア朝は社会の変化の観点から、初期(1837-1850)、中期(1850-1870年代)、後期(1870年代以降)の3期に分類されることが多い。
初期は産業資本家の勢力が伸張した時代である。中期には大英帝国絶頂期を迎えた。後期はしかし、国内の生産設備老朽化や資本集中の遅れから重化学工業への転換が遅れた一方、アメリカ合衆国やドイツなどの工業力が向上し、イギリスの経済覇権に揺らぎが見え始めた社会不安の時代であった。

*3 結婚式で女王が着たドレスが「白」。以来、「ウェディングドレス=白」が一般的になった(それまでは式後も活用できるよう、さまざまな色が使われていた)。また女王が喪服しか着なくなると、国民はこぞって「黒」を着たがったという。影響力おそるべし。
 
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