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スキの情熱で世界を変える!――高野麻衣 公式ホームページ

晴雨計 第24回 「世界遺産じゃなくても」

晴天つづきの連休、逗子までドライブにつれていってもらいました。首都高の上に広がるすきとおった青い空に、東京タワーの赤がくっきり。進んでいくうち、富士山まですぐ近くに感じてびっくり。冬の空って、ほんとうにきれい! その透明度を思い知りました。

帰りの鎌倉では鶴岡八幡宮にお参りし、小町通りでヘルシーなフレンチを。レンズ豆のサラダと、メインの鯛のソースがとりわけ沁み入りました。レストランの近くにはおしゃれなピクルスやソーセージのお店もできていて、若宮大路にはレトロな煉瓦色のバスが行き交う。これまで見たことのない賑わいです。

もちろん、正月なのも理由のひとつでしょう。でもあきらかに、活気が違うのです。ふと、こんな文言が目に入りました。「鎌倉は世界遺産への登録を目指しています」。もしかしたら、この活動と一連のニュースのせいかもしれないな、と感じました。

昨年夏、この町の世界遺産への推薦は物証不足などを理由に取り下げられました。登録が先延ばしになったことで、人びとは思ったはずです。鎌倉ほどの観光地でもだめなんだ。古都とは文化とは、守るだけでなく、積極的に攻めていかないと残せないんだ。

 

私たちは身近に、その一例を知っています。故郷・村上の町屋商人会(あきんどかい)の活動です。村上は、豊臣秀吉の時代に加賀からやってきた村上氏の城跡を残す、古い城下町です。私が小さなころも「お城山」と呼ばれる臥牛山(がぎゅうさん)はおなじみのハイキングコースでしたし、中学時代にはかつての武家屋敷「若林邸」で元服を模した立志式をしました。しかし、バスでしょっちゅう通り過ぎていた町人町の、商店の奥にひっそりと残されていた町屋の存在は一切知りませんでした。歴史好きで京都への進学を考えていたほどの私でさえ、地元にはなんの関心もなく、月並みなアーケードとコンクリートの町だと感じていたのです。

私が町を出た1998年に、その活動はスタートしました。町屋造りの残る13軒が、長い土間に面した茶の間など伝統の空間を公開しはじめたのです。いまでは名物になった「人形さま巡り」も「黒塀プロジェクト」も、これが原点でした。外にいたからこそ、帰るたびに美しく変化していく町に胸が躍ったものでした。

 (2014年1月17日付「新潟日報」初出)

 

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