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スキの情熱で世界を変える!――高野麻衣 公式ホームページ

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【Travel】革命と自由と | 『世界で一番美しい瞬間~パリ 秘密の扉が開くとき』

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英国貴族をテーマにした『世界ふしぎ発見!』に感動していた私に、ディレクターの中西朋さんが、自分が監督したある番組を見せてくれた。

『世界で一番美しい瞬間(とき)~パリ 秘密の扉が開くとき』。

毎年9月末に行われる「文化遺産の日Journee du patrimoine」を取材したものだ。大統領官邸として使われているエリゼ宮、上院議会として使われているリュクサンブール宮。普段は立ち入ることのできないそれらの宮殿には、フランス革命以前の王侯貴族が築き上げた美の結晶が眠っている。しかし「文化遺産の日」だけは、その秘密の扉が開き、一般の人々が中へ入ることができる――というもの。

「パリの貴族文化を取材したものです。あわせて英仏貴族をお楽しみください」という言葉に浮きたち、勇んで再生した。

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黄金の宮殿。輝くシャンデリア。子爵の称号をブランドにした経営者と、BCBGの装い。歴史の重み。エッフェル塔に、ラデュレのお菓子。神殿のような貯水場に秘められた、「実用こそ美しく」という美意識。愛するもので満たされた45分間に、思わず涙ぐむほど。しかし驚いたのは、英国貴族とはまるで違う、フランス貴族の立ち位置だった。

現在フランスは共和国で、貴族は領地も特権も持たない一般市民だ。たとえば、子爵のアルチュール・ド・スートレは、南仏プロヴァンスで700年前にはじまった貴族の家系。20代で「子爵A. Vicomte A.」というブランドをスタートし、日本にも進出している。

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 Vicomte A.

「貴族文化をアピールするには、デザインだけでなく生地が重要なのです。上質な素材にこだわることで、育ちのよさを連想させて貴族的に見せるんです」

堂々と語る彼だが、貴族であることは逆に、長年のコンプレックスだったという。日本の小学生だった私も1989年の「フランス革命200年」をうっすら覚えているが、同世代のアルチュールはそのとき、学校で貴族を罵倒する歌をうたわされたことがトラウマになった。考えてみれば、墓参りにいく先祖や家族、ひいては自分自身を全否定されるような出来事だ。

アルチュールは幸いにも、留学先のアメリカでコンプレックスを強みに変え、実業家として成功することができたが、多くのフランス貴族は、平均的な一般市民よりも貧しいという。フランス貴族互助協会へのインタビュー(顔出しNG)は、私たちが想像する貴族とはあまりにかけ離れた負の熱気に満ちていた。「私はいまも王政の復活を夢見ている」という言葉に、フランス革命が現在進行形であることを知った。

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もうひとつショックだったのは、中西さんが教えてくれた裏話だ。写真はエリゼ宮にある、大統領執務室。アルチュールが「権力の椅子」と呼んだそれらが踏みつけているのは、ブルボン王家の紋章をあしらった絨毯だという。

つまり、「われわれは王権を打倒してここに座している」と誇示しているのだ。

フランス人をここまで駆り立てるものは、なんなのだろう。彼らにとっての「自由」は、私たちには計り知れないどれだけの価値があるのだろう。今朝からまた、そのことをずっと考えているけれど、やっぱりピンとこない。もしかしたら私は、まだそれほどの「自由」を知らないのかもしれない。表現する仕事の責任も、自由の大切さもわかっているつもりだけれど、秩序に対する愛着も否めない。

 

私が英国貴族に憧れるのは、秩序そのものであるように思えるからだ。憧れの原点、ものの考え方と素養を学んだ文化。そうありたいと思い、知りたいと思う国。

しかし、ロンドンとパリを訪れたとき、結局心地いいと感じるのはパリなのだ。いままで、それがなぜなのかがわからなかった。でも今朝はっきりわかったのは、フランスの「自由」の大きさだ。革命があって自由・平等・博愛を掲げた、そのことを200年以上たってもわがこととして誇る。なぜなら彼らは、自由を勝ち取り育んできた国民だからだ。

それはもはや革命の無秩序で暴力的な自由ではなく、「あなたと私は違っていて、それでいい」と認めあう自由のように思える。多くの人がフランスに憧れ住み着き移民となったのは、経済的理由だけではない。この「自由」があったからだ。タクシー運転手の言葉が忘れられない。

「幼いころ移り住んで、もうずっとこの美しさのなかで暮らしてきたんだ。毎日旅人の喜ぶ顔を見て、誇らしくて。ほかの街で運転しろって言われても、もう無理だね」 

番組にはアメリカの、おそらく上流階級に生まれながら、自由を求めてパリの下町に住み着いたメアリー・ブレイクという女性も登場する。モンマルトルの画家のひとりである彼女はドラクロワが好きで、「偉大な才能、巨額の予算が芸術を前に進めてきた」ことにも自覚的。それを体感しようと、ドラクロワが国家事業として取り組んだブルボン宮を訪れた。しかし、旅の終わりに彼女は言う。

「私の一番のとりえは、自由だってわかったわ」

その言葉を、あらためて噛みしめた。

 


世界で一番美しい瞬間(とき) - NHK

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